淀川労務協会の三浦です。
ご存じの通り昨今メンタルヘルス不調およびそれに伴う自殺が社会問題化されており、我々の下にも鬱を主としたメンタルヘルスのご相談がとても増えております。
業務起因性のある鬱病については、長時間労働や過大な業務ストレスに大きな因果関係があると厚労省の指針にて示されてはいますが、では過去と比べて現在の労働環境が過酷なものになっているかというと一概にそうとは言えず、労働時間や業務量についてはむしろ短縮・軽減されているのではないかと思います。
では、なぜ増加しているか?
不況の影響等により従来とは異質のストレスが生じている事も1つの要因ではありますが、最も大きな要因は「気分変調型」や「非定型型」といった“新型鬱”の認知により、鬱の診断基準が拡大化され、また社会的にも鬱に対する偏見が少なくなり、メンタルに不調を来している事を会社に切り出し易くなった事が影響しているように思います。
勿論、これには良い面、悪い面、様々な見方があるとは思いますが、主治医が比較的簡単に「鬱状態」という証明を行うようになった故に、特に業務のキーパーソンが離脱してしまうリスクに晒された経営者の困惑がうかがえるようになりました。
「三浦さん。うちの女性社員が“鬱状態”(労務不能)の診断書を持って休ませてくれと言ってきた。本人は半年前の恋人からの婚約破棄が原因だと言っている。だが、彼女は大事なプロジェクトのリーダーで、彼女が離脱すると我々のような零細企業では会社存続の危機となってしまう。見た目には、そんなに症状が重いようには見えない。これまでもそんなに長時間働かせていないし、なるべく負担がかからないように配慮をしてきた。あと1カ月あればなんとかなるのでそれまで働かせてはダメだろうか。勿論、残業は一切させない。」
こういう相談を実際に受けた事があります。
経営者の立場にたってみればそのお気持ちは本当に良くわかるのですが、残念ながら私の立場からはどうしても「否」という方向での回答になってしまいます。
その社長にはこういうお話をさせて頂きました。
『数年前に私が年末の挨拶回りで南船場を車で走っている時のことでした。
細い道だったのでゆっくり走っていたのですが、右側上方にあるピンと張った電線が突然弛んだと思った途端、私の車の右側2mほどのところに何かが落ちてきました。
それはスーツ姿の若い男性でした。 ピクリとも動きませんでした。
車をとめてビルの上方を見ると、最上階で沢山の社員が窓から下を放心状態で見下ろしていました。
最上階から飛び降り、いったん電線を切った後に地面に落下したのだと気づきました。
今回は「鬱状態」という診断ではありますが、「鬱病」と診断された方の自殺率は15-25%と言われています。
この自殺はおそらく業務上のトラブルによる突発的な飛び降りだったものと想像されますが、仮に明らかに業務起因性の無い私的な理由による鬱病、鬱状態であったとしても、本人の休職申請を無視したが故に業務時間内にこのような事態となった場合の会社の金銭的な負担や職場環境へダメージを想像すれば、少なくとも医師が労務不能と診断している期間については休ませて下さいとしか私の立場からは言えません。
会社が指定する医師に再受診させて労務可能との診断を得る事も現実的には困難ですし、もしそういう診断を得たとしても、その社員との信頼関係が壊れてしまうと思います。』
大企業とは違い不況で余剰人員を抱えられない中小零細企業の経営者にはとても酷な話ではありますが、現在のメンタルヘルスを取り巻く労働環境下では、常に非常事態を想定した人員配置と業務分担、仕事のスケジューリングをせざるを得ないというのが実情です。
一方で、簡単に鬱状態という診断が得られるが故にそれを悪用しようとする労働者がいることも事実です。
とても遅れているとされる日本の精神科医のレベルアップ等とともに、このような悩みが少しづつ解消に向かうことを切に願います。